大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和51年(う)198号 判決 1977年11月22日

被告人 千倉達美

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山中唯二、同田中義信、同江崎晴が連名で差し出した控訴趣意書および控訴趣意補充書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官棚町祥吉が差し出した答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

弁護人らの控訴趣意は要するに、

(一)  原判決が、へい獣処理場等に関する法律(以下単に法と称する)三条の許可は、法八条の許可を包摂するものではないので、法三条により許可を受けた化製場を、法八条の規制する製造施設に転用することは許されない旨を判示した点はともかくとして、同法施行規則(以下単に施行規則と称する)三条は、法八条の規定する原料への変更に準用されない旨判示し、その理由として掲げるところは、いずれも合理性を欠き妥当性のないものであるから、到底首肯することはできない。原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令の適用の誤りがある。

(二)  原判決が、検察官において法三条二項違反の点についても罰条を追加したのに対し、何等、判断を示さなかつたのは、審理を尽さなかつた違法があり、また、本件化製場について、既に得ている法三条一項による従前の許可が、法三条二項に該当する事由の発生によつて、何等の手続を要しないで失効するものと解釈されるのであれば、法三条二項は、国民の財産権を保護した憲法二九条に違反し、かつ、法三条二項違反を理由に処罰することも憲法に違反し無効というべきである。

かりに、法三条二項違反の行為を処罰することが、憲法に違反しないとしても、本件化製場には、区域の変更または構造設備の変更に該当する事実は存在しない。過去において、臭気の処理を十分に行なうため、大牟田保健所の行政指導のもとに、構造設備の改善を行なつたことがあるが、これは施設の設置者が、法律上課せられている義務の履行として行なつたものであつて、何等施設の変更には該当しないのである。従つて、本件化製場については、法三条二項に違反した事実もないのである。

というのである。

しかして、本件起訴状記載の公訴事実は、「被告人は、福岡県知事の許可を受けないで、昭和四三年一一月一一日頃から昭和四五年五月下旬まで、福岡県大牟田市健老町三二一番地に面積約五〇〇平方メートル余の建物ならびに重油ボイラー一基、回転式煮沸溶解用高圧釜二基、コンベヤ二台、乾燥機一台、乾燥炉一基、粉砕機篩装置等の設備を設け、従業員約二〇名を使用し、鶏の羽毛を原料としてフエザーミールと称する飼料月産約一二〇トンを製造し、もつて鳥類の臓器等を原料とする飼料の製造施設を設けたものである。」というのであり、罪名へい獣処理場等に関する法律違反、本位的罰条、同法八条、三条一項、一〇条一号、予備的罰条、同法八条、三条二項、一〇条一号というのである。

原判決が、法八条には、法二条二項、三条以下七条までの規定を準用する旨の文言が用いられているけれども、法三条の化製場の設置許可と、法八条の鶏の羽毛を原料とする飼料製造施設設置の許可とは、それぞれ根拠法条を異にし、かつ規制の対象とする原料、処理方法、処理施設、原料の貯蔵方法等を異にするので、実質的にも、各別に規制を必要とし、法八条の許可が、法三条の化製場施設設置許可に包摂されるものではない。従つて法三条による化製場施設設置と法八条の製造施設とは、各別に許可を必要とするものである。また、施行規則三条による取扱原料の種目変更の届出は、法三条、一条に定める原料種目間の変更にのみ限られ、法八条の定める原料への変更を届出のみで足りるものと解することはできない旨を判示していることは、所論の指摘するとおりである。

よつて検討するに、記録ならびに当審における事実取調べの結果によると、本件発生前後に跨る経過的事実として、次のごとき事実を認めることができる。すなわち、

(一)  被告人は、昭和二三年一〇月ころから、大牟田市健老町三二一番地に、千倉化製工業所の名称をもつて、化製場を設置し、実兄千倉金満と共同して、獣骨を原料とする骨油、骨粉の製造に従事していたが、化製場設置の許可制となつたころ、化製場設置の許可の申請手続を行なうに当つて、直接の監督庁である大牟田保健所に、申請人の名義をどのようにしたらよいかを伺つたところ、金満が兄だから兄の名義で申請したがよかろうと指導され、その意見に従つて、千倉金満を申請人として、化製場設置の許可を受けて、前記事業を継続し、経理・人事、製品の販売等経営の全般に亘つて被告人がその衝に当り、金満は、蒸製や機械の修理等の作業に従事していたところ、化製場設置の許可について、許可期限の制限が廃止となつた直後の許可申請手続も、申請人を千倉金満名義とし、昭和三三年四月二〇日付をもつて、左記のごとき内容のへい獣処理場設置許可申請書を、大牟田保健所を経由して、福岡県知事に宛て提出し、その内容は、所在地(設置場所)・大牟田市城町二丁目一二四番地(町名変更前の地名)、名称・千倉化製工業所、へい獣処理場の区別・化製場、製品・骨粉および骨油、原料・獣骨、処理方法・獣骨を細断して高圧蒸煮釜で蒸気加熱処理を行ない、骨油を分離抽出してこれを製品とし、残滓物を乾燥・粉砕して骨粉とし製品とする構造設備・木造平家建工場二棟・これに原料貯蔵室、製品置場、化製室を設け、化製室には高圧蒸煮沸釜二基、粉砕機一基を設け、乾燥場は屋外コンクリート床、給水設備からなるものであり、同年八月一日付をもつて右申請は許可され、営業を続けていたが、獣骨のみでは原料の入手量に限界があつたため、増産を図る目的をもかねて昭和三四年ころから獣骨のほかに鶏の羽毛を原料として使い始め、他方前記高圧蒸煮釜はその構造上、細断した獣骨または鶏の羽毛を入れた釜内に高温の蒸気を圧入して獣骨または鶏の羽毛を蒸製し得るだけで、爾後の乾燥工程を処理する機能を兼ね備えていなかつたので、蒸製後、減圧して蒸製された物質を取り出し、別途に乾燥しなければならなかつたため、その工程で多量の悪臭ガスを発生するので、被告人はかねてから悪臭防止に意を用い、従来は、屋外のコンクリート床上に広げて天日乾燥を行なつていたのを、籾乾燥機六台を据付けて改良を試みたのを手始めに、改良の方法と施策について、機会ある毎に大牟田保健所に対し、事前の指導と施策実施後の助言を仰ぎながら、次々と工夫を重ね、籾乾燥機の使用は危険性が高いので取りやめ、同年中に灯油バーナーを用いた通風乾燥機に改め、これも効果が十分でないため、スクリユー式にして骨片を沸騰させながら蒸気を送り、圧縮して臭気を集め、これを煙突で導いて上空で拡散させる方法を試み、昭和三五・六年ころには、ブロツクを積んで集合ダクトを用いて上空に拡散させる方法にし、その後ロータリキユルムを作成して重油の燃焼火力を利用して、円筒型の長筒を回転させながらその内部で乾燥させ、昭和三八年ころには、水洗式にして一〇メートル位の長さの煙突の下に水洗筒を設置し、ロータリキユルムを通つて来た悪臭ガスをフアンで吸い出し、水洗筒内を通過させて臭気の成分中の硫化水素を水に溶解させる方法に改め、製品も既に肥料から飼料に変つていた。しかるに同年ころ付近住民から悪臭に対する苦情が多くなつたため、同年七月二五日福岡県衛生部から派遣された同部公衆衛生課獣疫係長仲道正一の千倉化製工業所への立入検査を受け、被告人は無許可操業と認定されて、工場の移転と新規に化製場設置許可が必要である旨告げられ、悪臭防止対策についても、同衛生部からの指導を大牟田保健所を通じて受けながら、施策と方法について改良の努力を続け、昭和三九年一〇月ころ遠心分離器、横釜式助勢釜を開発し、乾燥にはロータリキユルムを用い、そのころの生産に用いる材料は獣骨一に対し鶏羽二位の割合になつていた。昭和四〇年五月には福岡県から合理化資金として五〇〇万円を借り受け、連続式の蒸製器を作成し、昭和四一年にはロータリキユルムを改良して複数の水洗槽を設置し、悪臭ガスの吸収をよくするため水槽の水に次亜塩素酸ソーダを混入する方法を用いさらに同年一一月には前記合理化資金により連続式蒸製器を製作して用い、その後イオン脱水機を試用して失敗したが、昭和四五年ころ遂に無臭蒸煮乾燥機を完成し、材料の蒸製、乾燥、防臭(脱臭)を同一の機構の中で行なえるよう防臭については略完全に近い効果をおさめる機械を発明したので、これを工場に備え付け、同年三月一八日特許庁に出願して、昭和四七年四七一八七号をもつて特許となり、大牟田保健所もその使用を推奨するに至つたこと。

(二)  被告人は、前記のごとく、昭和三八年七月二五日福岡県衛生部公衆衛生課獣疫係長仲道正一の工場立入検査を受け、その際同係長から、千倉金満名義で受けていた化製場設置許可は既に失効しているとの認定を受け、付近住民からの悪臭に対する苦情が強かつたところから、工場を移転するとともに、新規に被告人名義の化製場設置許可申請手続を行うよう指導され、その後は、福岡県衛生部が大牟田保健所に指示して被告人に対する行政指導を行うこととなつたので、大牟田保健所は爾来被告人に対し独自の指導は差し控えていた。しかし、被告人は前記昭和三三年八月一日付化製場設置の許可はなお有効に存続しているものと固く信じ、前記のごとく、大牟田保健所の指導を仰ぎながら悪臭防止の方策と方法の改良に努力を続け、昭和三九年二月ころ付近住民から福岡県に対し公害防止条例に基づく公害審査請求が提起されたため、同年六月一五日仲道係長から再び工場立入検査を受け、その際も前回同様工場の移転と被告人名義の化製場設置許可申請手続を行なうよう勧告されるとともに、悪臭防止についても指導を受け、さらに昭和四一年九月にも、同係長の工場立入検査を受けて、工場移転と操業の停止を勧告されるに及び、被告人は前記の許可が失効していないことを固く信じながらも、仲道係長の指導に従うべく、悪臭防止のため工場設備の改良に一段と工夫をこらし、昭和四二年一二月一四日被告人名義のへい獣処理場許可申請書――化製場の設置場所は従来どおり大牟田市健老町三二一番地、その製造施設の構造内容は、敷地面積・九七七・六二平方メートル、工場建物面積五〇八・六三平方メートル、機械設備として、回転式煮沸溶解用高圧釜二基、乾燥炉一基、複式乾燥機一台、水洗脱水機一台、重油ボイラー一台、水槽式脱臭機一基、蒸気脱臭槽一槽、サクシヨン式水洗脱臭機三基、フアン二台、換気扇三個、コンベヤー三個、浄化槽一槽が主要な施設であり、――この申請書を大牟田保健所を経由して、福岡県知事宛に提出したが、大牟田保健所は、これを昭和四三年八月一四日受理して福岡県に進達し、同年一〇月三〇日仲道係長が実態調査を行なつた後、同年一一月一一日付をもつて、工場の設置場所が、法四条三号による福岡県知事の指定に反するとの理由により、右申請は不許可となり、さらに、同月一八日福岡県衛生部長から、へい獣処理場等に関する法律違反の廉をもつて大牟田警察署に告発されるに至つたこと、

(三)  その間にあつて、昭和三二、三年ころ千倉化製工業所の経営は極めて苦しく、利益が上らないので、千倉金満は、同工業所の経費節約と自らの生計の維持の必要から、同工業所の経営管理の一切を全て被告人に任かせて、九州フエルト工場に就職し、同工場が倒産により閉鎖した後は松岡テントに転職するなどして、側面から千倉化製工業所の経営を助け、昭和四三年ころ、千倉化製工業所の経営も安定したので、復帰してミートボンミールの係として、再び同工業所の現場の作業に従事しているが、復帰するまでの間は、余暇を見出しては時折千倉化製工業所に顔出しそして作業等にも関与し、被告人は、金満に対し、同人が復帰するまで盆・暮の年二回に分けて、五万円宛位の手当を支給していたこと、

等の事実を認めることができる。

次に、法三条一項に基づく獣骨を原料として骨粉(肥料)等の製造を目的とする化製場設置の許可の効力が、当該許可にかかる構造設備を使用して法八条に規定する原料に包含される鶏の羽毛を原料とする肥料または飼料の製造に及び得るか否かを検討すると、法八条は、その前段において、「第二条第二項(化製場以外の施設における製造の禁止)及び第三条から前条までの規定は、魚介類又は鳥類の肉・皮・骨・臓器等を原料とする油脂・にかわ肥料・飼料その他の物の製造及びその製造施設……に準用する。」と規定し、(以下において、法八条の規定する製造施設を準化製場と称し、準化製場において行なう製造等を準化製と称する。)、法二条二項の準用により準化製および準化製場の設置を一般的に禁止し、準化製場を設置しようとする者は、三条一項の準用により、許可を受けなければならないと定めていることは、化製場の場合と全く同様であり、しかも、既に許可を得て設置した準化製場の施設の変更、または区域の変更については、事前の許可を必要とすること(三条二項の準用)、許可を与えない場合(法四条の準用)、準化製場について講ずべき措置(法五条の準用)、報告の要求、施設への立ち入り検査(法六条の準用)、構造設備の改善命令(法六条の二の準用)、施設の使用制限ならびに禁止、または許可の取消(法七条の準用)については、化製場と準化製場とは根拠法を同一にし、法四条の準用による準化製場の構造設備については、へい獣処理場等に関する法律施行令(以下施行令と称する。)二条により、同令一条二項の化製場の構造設備の基準がそのまま準用され、また準化製場設置の許可の申請手続の方式については、へい獣処理場等に関する法律施行規則(以下施行規則と称する。)四条により、化製場設置の許可の申請手続の方式を規定する施行規則一条が、そのまま準用されているところである。

以上の各規定を通観したところでは、化製場と準化製場に対する行政による取り締りは、主として、製造施設における構造設備の整備と、製造および製造施設の管理を中心に行なわれ、化製場と準化製場との間に、特段の差異はないことが認められ、本法が公衆衛生の維持を主たる目的とするものである点をも考慮すると、獣骨を原料として骨粉(肥料)等の製造を目的とする化製場設置の許可は、当該許可にかかる製場施設の構造設備に重要な変更を加える必要がないときは、原料を鶏の羽毛に変えて行なう同種(肥料と飼料は同種と解される)の品目の製品の製造に当然その効力を及ぼし得るものと解するのを相当とする。

そこで、前記認定の昭和三三年八月一日をもつて千倉金満申請人名義で得ていた化製場設置の許可の効力を考えると、

(一)  前記認定の経過的事実によれば、千倉金満名義で化製場設置の許可申請を行つていたものではあるが、千倉化製工業所の経営は当初から被告人と実兄金満との共同で行なつていたものであり、かかる実情を十分に承知していた大牟田保健所の係の助言で、申請人名義を兄金満名義としたものであること、金満が途中で一時他の事業所で働いた事実があるが、これは経営不振の千倉化製工業所の経営が苦しかつたため、専らその経費節減のためにやむなく行なつたもので、同工業所の経営から脱退したものではなく経営には若干ながら関与を続けており、また、昭和四三年には現場に復帰していたのであり、しかも同工業所の経営における工場管理、経理、人事、仕入れ販売等重要な行為は、当初から被告人がその衝に当つていたのであつて、これらの事情に徴すると、千倉金満が一時他に働きに出ていた事実は、前記化製場設置の許可の効力に何等の影響をも及ぼし得るものではないといわねばならない。

(二)  千倉化製工業所において従来(昭和四五年以前)獣骨の蒸製に使用していた高圧蒸煮釜は、その性能において、鶏の羽毛の蒸製にも十分に使用し得たものであることは、当審における鑑定人臼井克彦の鑑定および当審証人臼井克彦の供述によつて十分に認め得るところであり、また同証人の供述により獣骨の蒸製と鶏の羽毛の蒸製との間に、材質の差異に基づく悪臭ガスの発生の程度に特段の差異を生ずるものでもなく、また、蒸製、乾燥等の製品の製造工程において、作業上危険の発生に差異を生ぜしめるものでもないことが認められるところであり、獣骨と鶏の羽毛との間に、原料の貯蔵に伴う保管の取扱上特段の差異を生ずるものでもないことは容易に察知し得るところであり、被告人が前記のごとく、昭和三四年ごろ獣骨のほかに原料として鶏の羽毛を使用するについて、千倉化製工業所の製造施設の構造設備に特段の変更を加えたものでもないのであるから、前記のごとき法解釈を前提とし、かつこれらの諸事実に徴すると、被告人兄弟が、千倉金満名義で受けていた化製場設置の許可は、被告人が昭和三四年以降獣骨を原料とする肥料の製造と併せて実施した鶏の羽毛を原料とする肥料または飼料の製造に効力を及ぼし得たものと認め得るところである。

しかるときは、法三条一項の化製場の設置許可は法八条所定の施設にその効力を及ぼし得るものではないとの前提を採用した原判決には、法令の解釈を誤つた違法があり、この違法は明かに判決に影響を及ぼすものというべく、この点の所論は理由がある。

(所論のうち、原判決が法三条二項の罰条の追加に関して、何等の判断をも示さなかつたことについて、審理不尽による理由不備ないし訴訟手続の法令違反をいう点については、検察官が罰条として法三条二項を追加したことは、本位的訴因として法八条で準用する法三条一項違反の事実を主張し、法三条二項違反の事実を予備的に追加して主張したものと解し得るので、原判決が、本位的訴因について肯定的判断を示した以上、予備的訴因について判断を示す必要はなく、所論は、いわれのないものというほかはない。また、所論のうち、憲法違反をいう点については、原判決が前提としていない千倉金満名義の化製場設置の許可の失効を、恰も前提としているかのように仮定し、その仮定の上に立つての主張であつて、主張自体理由のないことが明らかである。)

よつて刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、なお、同法四〇〇条但書によりさらに自ら次のように判決する。

本位的訴因である法八条によつて準用される法三条一項違反の事実については、前記控訴趣意に対する判断によつて明らかなように、被告人には、同条一項違反の事実はないものといわねばならない。

次に、予備的訴因(罰条)について考察を進めると、被告人が、昭和四三年一一月一一日以降昭和四五年五月下旬までの間に、公訴事実記載の製造施設を用いて、鶏の羽毛を原料とする飼料の製造を行なつたことは、前記認定の経過的事実から十分に肯認し得るところであり、また、昭和三三年八月一日化製場設置許可当時における千倉化製工業所の製造施設と昭和四三年一一月一一日当時における同工業所の製造施設との間には、その構造設備に変更を生じていたことも否定し得ないところである。

法三条二項が規定するへい獣処理場の施設の変更の許可における変更の程度について考えると、施行規則三条は、同規則一条の申請書(法三条一項に基づくへい獣処理場設置の許可申請)に記載した事項を変更したときは、法三条二項の変更の許可に該当する場合を除いて、十日以内に管轄保健所長を経由して都道府県知事に届出なければならない旨規定しているので、この変更の届出との関係から、法三条二項の許可(法八条で準用する場合を含む)は、施設の構造設備に重要な変更を加える場合に限るものと解するのが相当である。しかして、法一〇条一号は、法三条(法八条により準用の場合を含む)の規定に違反した者に対して一年以下の懲役または三万円以下の罰金に処する旨規定し、また法一〇条二号は、法七条(許可の取消、施設の使用制限)の規定に違反した者に対しても同様の刑罰に処する旨を規定しており、さらに、法七条が規定する許可の取消し、施設の使用制限については、法六条の二が定める法四条の規定に基づく構造設備の基準に適合しなくなつた場合、都道府県知事は、へい獣処理場設置者に対し、基準に適合させるため必要な措置をとることを命じることができ、かつ、この命令に違反したことが、右許可の取消しならびに施設の使用制限の前提となつているので、ここでは、明かに構造設備の基準維持の原則が働いていることが観取されるところであり、このように法三条違反の場合と、法七条違反の場合とが処罰の面で全く同様に取り扱われていることに徴しても、法三条二項(法八条で準用する場合を含む)の施設の変更の許可についても、その基礎に構造設備の基準維持の原則が働いていることに留意しなければならない。さらに、構造設備の基準として、原料貯蔵室および化製場室の防臭装置について、施行令一条二項二号二は「換気扇を備えた排気装置その他臭気を適当な高さで屋外に放撒することができる設備が設けられていること」と規定し、上空放撒方式で十分である旨を規定していることが注目される。

しかして、被告人が、構造設備の変更を行なつたのは、前記の経過的事実に明らかなように、昭和三三年ころ以来監督庁の指導と助言のもとに多年に亘つて防臭装置の改良に努力し、新方策を考案しては、これを実施に移すたびに若干づつの構造設備の変更が累積したものであり、さらに昭和四二年一二月一四日福岡県衛生部の勧告と指導に従つて、被告人名義の施設の設置許可申請手続を行なうにあたつて、構造設備に手直しを加えたものも加わつており、その変更の裏には右のごとく監督庁の指導と助言があつたのであつて、被告人が、監督庁の行政監督を免れる意図をもつて構造設備に変更を加えたものではないことが明らかであり、しかも、右施設設置許可の申請に対しては、昭和四三年一一月一一日不許可処分がなされているが、その不許可の理由は、施設の構造設備が施行令の定める構造設備の基準に適合していなかつたというのではなく、法四条三号の規定に基づき福岡県知事が公衆衛生上害を生ずるおそれのある場所として指定した場所に該当するというものであつたこと、これらの事実のほか、被告人は、本件起訴の時と相前後する昭和四五年五月ころには、獣骨および鶏の羽毛等を原料として飼料を製造する化製の工程において発生する悪臭の防止方法として、施行令一条二項の定める前記基準における上空放撒方式を遙かに凌ぐ、ほぼ完全に近い状態で悪臭ガスを消失させることに成功し、その設備を千倉化製工業所に設置しているのであつて、かかる諸情況事実から本件起訴にかかる昭和四三年一一月一一日から昭和四五年五月下旬ころまでにおける千倉化製工業所の製造施設における構造設備は、施行令一条二項の規定する構造設備の基準に十分に適合していたものと認め得るところであり、しかも、被告人の行なつた構造設備の変更は監督庁の指導と助言のもとに行なわれたものである点をも勘案すると、本法における取締目的は実質的に十分に達成されていたものと認め得るので、本件における構造設備の変更は、法三条二項に定める施設の変更に該当しないものと認めるのが相当である。

かりに、被告人の行つた構造設備の変更が、法三条二項に定める施設の変更に該当するとしても、福岡県衛生部は、被告人の兄金満名義で得ていた化製場設置許可は既に失効しているとの前提を固くとり続け、爾後の行政指導は全て、被告人が行なう千倉化製工業所の営業は、無許可操業との認定の上に立つて行なわれ続けていたものであり、同衛生部の指導があつたとはいえ、被告人において新規に化製場設置の許可申請を行う必要はなかつたのであるけれども、同衛生部の指導に従つて許可の申請手続を行なつたが、前記のごとく、不許可処分となつたものであり、さらに、そのうえ、たとい被告人が、千倉化製工業所の製造施設における構造設備の変更につき法三条二項の許可の申請手続を行なつたとしても、同衛生部において基本となる許可が既に失効しているとの認定を固持している以上、その理由をもつて申請が却下されることは見えすいた道理というべく、被告人が法三条二項による施設の変更の許可を得ることは、到底期待し得ない事情にあつたものといわねばならない。かかる期待し得ない許可のないことを理由として、被告人に対し刑事責任を問うことは許されないところといわねばならない。

しかるときは、本件被告事件は罪とならないことが明らかであるので、刑訴法四〇四条、三三六条により無罪を言渡すべきである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原高志 真庭春夫 江口寛志)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例